【山瀬 功治選手 契約更新について】クラブ情報
Jリーグ記録に並ぶ24年連続ゴールを決めており、前人未到の25年連続に挑みます。
「2004年に夫が2回目の前十字靱帯を断裂してから、毎日の食事管理を徹底する為、毎食、料理写真を撮り、食事記録をつけるようになりました。よって約20年以上にも渡る、とてつもない量のデータが手元に存在します。
栄養学を何故、一理論に固定せず、方向性の異なる多種多様な考え方を取り入れたり、今尚、ブラッシュアップし続けるのか。
結論から申しますと、対面する「個人」にフィットさせる「確率」と「スピード」を上げる為です。
人間は皆、内臓も性質も千差万別なことに加え、細胞は日を追うごとに成長。ある一定の時期を過ぎると今度は老化という現象に変化する。これに比例するように、栄養学も大変移り変わりの激しい世界です。
例えば、人間の身体の中に「鍵穴」があると仮定します。しかし肝心の「鍵」の方はというと、途方に暮れる程、空気中を無数に彷徨っている状態。この中から「鍵穴」にはまる「鍵」を探し出し、何度も試しながら、最終的に扉を開いていくのが私の仕事です。
開かずの扉を開くには、ただ何となく「鍵」を探していては莫大な時間と労力を費やします。作業効率を上げるには観察眼を養うこと、知識の引き出し、選択肢を出来るだけたくさん持つこと、また、切り替えの素早さや柔軟性も重要です。
これまで夫から求められて来た食事というのは、いつの時代も「結果」という非常にシンプル且つシビアな世界観。
つまり「持ち合わせる扉は確実に開けてくれ」と。
アスリートは現役選手として生きていられる時間が限られている。とにかく短命。
痛いところがあるなら早期に治す食事やケアを求められ、キレが落ちていれば即時に元に戻す食事を。
結果を出さなければクビを切られ、あっという間に選手生命が終わっていくように、料理の作り手である私も言わばアスリートと一緒。
ここに甘えやグレーゾーンは存在せず、また、一瞬の隙が命取り。いつの時も崩れ落ちそうな吊り橋を渡っているような崖っぷち感があって、毎日、毎食、全身全霊で集中。食事に対して全力で向き合って来ました。
そういった意味でも、今が1番、夫の求める現症状に対してピンポイントで栄養を補充出来ているのではないかと思っています。
(姫野友美先生と出逢ってからは定期的に体内データの確認が出来る上、20年の時を経て知識が増え、多方面に選択肢が広がり、経験も積み重なりました。=「鍵穴」へ直結しやすくなった。データがあるからこそ、厳しさの中にも従来の真骨頂である食事の愉しさだとか発想力がのせられるようになり、自由度も増した気がしています)
自身の専門分野である植物化学との相乗効果も。
例えば、亜鉛とケルセチンなどもそう。ベンゼン環に直接水酸基(フェノール系水酸基)が四つつく、しかも隣同士に水酸基が並ぶケルセチンのパワフルさは、日本オーソモレキュラー医学会COVID-19記事関連で照らし合わせると深く落とし込めます。
2024.6.14執筆 山瀬理恵子」
< 山瀬 功治選手 (やませ こうじ)>ポジション : MF
経歴 :
『Jリーグ/レノファ山口FC』山瀬功治選手とスポンサーシップ契約を締結。血液データに基づいた医学的なアプローチでパフォーマンスの向上をサポート。
姫野友美医師
『Jリーグ レノファ山口FCの山瀬功治選手と2024年度のスポンサー契約を更新を致しました。山瀬選手にとっては、現役生活25年目と節目の年となります。この節目の年に、益々の活躍をサポートすべく、本年度も引き続き、ひめのともみクリニック、オフィスひめのがスポーツ栄養プログラムを通じ、連携をしながら、競技でのパフォーマンスを高めるためのヘルスケアサポートを行ないますまた、私が大会長を務め、9月に開催される「国際栄養医学シンポジウム2024」には、山瀬選手の奥様であり、料理研究家でもある、山瀬理恵子さんにご登壇頂き、身近な食材でのアスリートの体づくり、パフォーマンス維持・向上に役立つ術などをお話頂く予定です。ぜひ、国際栄養医学シンポジウム2024へのご来場もお待ちしております。』
https://isom-japan.org/seminar/general_meeting_lp?page=2024_program_detail
2000年より契約スポーツメーカー:adidas
※2008年4月17日撮影情報。アディダスパフォーマンスセンター六本木ヒルズオープンイベントから。(左からプロテニスプレーヤーのクルム伊達公子選手、アディダスジャパン代表取締役パスカル・マルタン氏、サッカー日本代表山瀬功治、モデルのSHIHOさん)
その他個人サポート企業・メーカー一覧
大好評発売中!
内容紹介
『今日が“自分史上最高”』
プロサッカー選手生活23年目を迎えた山瀬功治、初の書籍。両膝の前十字靭帯断裂や4度の契約満了など、多くの困難から這い上がってきたサッカー人生に迫る。デビュー以来Jリーグ22年連続ゴールを継続し、40歳になってもピッチで躍動する山瀬功治。数々のチームで結果を残す男の『自分に限界を作らない思考術』とは?
(第1章『負の感情をエネルギーに変える』より)
不安や迷いは一切なく、怪我をしたことに対して落ち込みもしなかった。なぜかといえば、サッカーを続けることは僕にとって揺るぎない決定事項だから。
(構成)
第1章 困難
第2章 原点
第3章 道程
第4章 運命共同体
第5章 可能性
著者について
山瀬功治(やませ こうじ)
1981年9月22日北海道札幌市生まれ。
北海高校卒業後、コンサドーレ札幌(現・北海道コンサドーレ札幌)に加入。2001年にJリーグ新人王(現・ベストヤングプレイヤー賞)を受賞。2003年に浦和レッズへ移籍。その後、横浜F・マリノス、川崎フロンターレ、京都サンガF.C.、アビスパ福岡、愛媛FCに所属2022年1月にレノファ山口FCへ加入。
日本代表として国際Aマッチ13試合に出場し5得点。Jリーグ通算598試合出場94得点。デビュー年からJリーグ22年連続ゴール記録中。(2022年1月現在)